恩師を偲ぶ
その昔、歯科治療は、歯が痛むなら抜いてしまうという時代に、そんなことで はなく、何とかして歯を抜かないで残すことができないかと思案し、歯の根の 治療を行い、その治療学(歯内治療学)が研究された。欧米でのそうした最先端だった治療を日本に導入し、歯の根(根管)の治療学を歯科界に普及させる努力をした歯科医師がいた。歯科界のプロジェクトXに匹敵する事業である。
それが、私の恩師である大谷満先生であった。
先日、その恩師を偲ぶ会が東京で行われた。私は、司会の大役を担い、式の次第に沿って粛々と役目を全うしてきた。
たくさんの方から恩師を偲ぶお話しを聞いた。それは、恩師の業績や功労であり、また、思想や治療学の体系など多岐に渡るものであった。それはそれはすばらしい内容である。
しかし、ただそれだけなのだろうか?私は、違和感を覚えた。恩師が残してく
れた本当のものは何か?
ぶれることなく歯内療法という学問と臨床に取り組み、まさに「一を以て之
を貫く」人生でした。志を持って苦難を乗り越え、人生を過ごしたという事
実。学問でも思想でも事業でもなく、実は、恩師の人生そのものこそが、世の
人々に残した「後世への最大遺物」なのだと思う。恩師の勇ましい高尚なる生
涯こそが、私たちへの完全なる遺物である。
時代は、変遷した。歯を抜く治療から歯を残す治療へと定着し、私たちは、
さらに、次の次元へと向かっている。それは、予防でありヘルスプロモーショ
ン(健康増進)である。こうした時代となっても、恩師の人生への態度は、私
たちに勇気を与えてくれる。
私たちも、たとえ形あるものは何も残せなくとも、眼難に打ち勝ったり、品性
の修養をしたりと、恩師の人生に学び、日々過ごせるならば、価値のある生涯
となり得るものと確信する次第である。
慎んで、恩師 大谷 満先生のご冥福をお祈りいたします。
※参考文献:後世最大への遺物、内村鑑三著、岩波文庫、青119-4