聴診記(院長のひとりごと)

佐藤 暢也

平成の大改修(内部配管編)

[2018年5月17日]

 診療所の運営は、まさに山あり谷あり、これまで幾多の難関を越えてきました。
さらに、今もビッグな試練を受けております。
 というのは、港町歯科クリニックは、間もなく30周年となり、いよいよ順調経営へと歩みを進めている、と喜んだのもつかの間、2月の下旬に排水管の清掃をしてもらっていたら、ある診療台との接続部で大破裂が起こったのです。

 そこで、今回は、先人に学ぶ。一休さんでいきましょう。
*一休宗純(いっきゅうそうじゅん)は、室町時代の臨済宗大徳寺派の僧。どういう人かというと、足利義満と一休の問答が有名。

 「屏風絵の虎が夜な夜な屏風を抜け出して暴れるので退治して欲しい」と義満が訴えたところ、一休は、「では捕まえますから虎を屏風絵から出してください」と切り返し、義満を感服させたのでした。
 そんな頓知の効いた彼ですが、悟りの言葉が次のようにあります。
「有漏路(うろじ)より 無漏路(むろじ)に帰る一休み 雨ふらば降れ 風ふかば吹け」と詠んだ。
有漏路の「漏」は煩悩の意味。つまり「人生は(煩悩溢れる)この世から、来世までのほんの一休みの出来事。雨が降ろうが風が吹こうが大したことない」という。

 さらに、一休は他界する直前、「この先、どうしても手に負えぬ深刻な事態が起きたら、この手紙を開けなさい」と弟子たちに1通の手紙を残した。
 果たして数年後、一休の弟子たちに今こそ師の知恵が必要という重大な局面が訪れた。固唾を呑んで開封した彼らの目に映ったのは、次の言葉だった。

「大丈夫。心配するな、何とかなる」

 豁然!そう、何とかなる。
悪臭がクリニック内を包み込み、ご来院した皆様に大変なご迷惑をおかけしました。
 現在、診療台1台を廃棄、エリアを閉鎖して、床や天井を剥がし、排水管をくまなく調査し、高圧洗浄を終え、いよいよ万全の状態に再建すべく、奮闘中です。
 これから数度の工事をするため、30年目の大改修となります。
 皆様にご不便をおかけいたしますが、何卒、ご理解の程を、お願い申し上げます。

2018年「祝」開院30周年

佐藤 暢也

[2018年4月16日]

 いよいよ新年度を迎えました。
 そこで、久しぶりに、当クリニックの歴史を振り返って、皆様にお知らせいたします。

 港町歯科クリニックは、医療法人東京堂の診療所です。
 東京堂は、秋田県南部の田舎の町(現横手市雄物川町)から始まりました。1951年(昭和26年)のことでした。 初代の佐藤達夫(父)が日本大学歯学部を卒業し、当地で開業した折りに、祖父が東京堂と命名したのです。
 東京の大学に進学し、苦学をした経歴を持つ学識者であった祖父は、東京という地への憧憬の想いを込めて、東京堂という名を冠したのでした。
かくして東京堂佐藤歯科医院が誕生し、その後、東京堂は、屋号(会社名)として地域で知れ渡るようになったのです。

 のち1960年(昭和35年)に、隣町(現横手市大森町)に移転。
 当時、歯科医師は著しく不足しており、患者さんは、待合室からあふれ出てしまうほどの時代でありました。
 父が、連日徹夜して、歯科技工の仕事をしており、二代目となる私(暢也)は、その父の後ろ姿を見て、歯科に志を立て、北海道大学歯学部に入学し、1985年(昭和60年)に卒業。
 その後、現地(秋田市土崎港)で、港町歯科クリニックを開業したのが、30年前の1988年(昭和63年)6月でした。

 1998年(平成 10年)に達夫は他界し、1999年(平成11年)5月に医療法人を創設する際、その由緒ある屋号を引き継ぎ、医療法人の名称を東京堂としました。
 2003年(平成15年)に大森町の佐藤歯科医院は、およそ半世紀以上に及ぶ地域医療への貢献を終え、住民に惜しまれつつ閉院。
 医療活動の軸足を秋田市に移し、2018年(平成30年)、東京堂は、創業以来67年を迎え、さらに、港町歯科クリニックは、順調に成長し、6月になると当地で開院30周年を迎えることになるのです。
 これも、ひとえに当クリニックを受診していただいた皆様のご支援のおかげです。
感謝感謝!

 ようやく秋田も春光うららかな季節を迎えました。 こちらでも、間もなく、桜の便りも聞こえてくることでしょう。
 開院30周年という節目を迎え、当クリニックは、気持ちを引き締めて、皆様のご健康を守るために研鑽を重ねてまいります。
 ご来院をお待ちしております。

秋田人の密かな愉しみ?

佐藤 暢也

[2018年3月17日]

 いつも、エンディングで流れるのは…

あの人の姿 懐かしい、
黄昏(たそがれ)の 河原町、恋は 恋は 弱い女を、
どうして 泣かせるの、
苦しめないで ああ責めないで、別れのつらさ 知りながら、あの人の言葉 想い出す、
夕焼の高瀬川〜 …

 歌詞だけでわかるはずがないですね。これは、NHK BSプレミアムで不定期放送された番組で『京都人の密かな愉しみ(きょうとじんのひそかなたのしみ )』のテーマソング「京都慕情」です。
 歌は武田カオリさん。このバージョンは、とても現代風でいい感じです。

 メインドラマは、京都の大学教授と老舗和菓子屋の女将が主体となって進みます。それに、いくつかの独立したストーリーを並べて、全体で一つの番組となるオムニバス形式のパート、さらに、現実の職人や料理人、住民の紹介や各種の情報を交えたドキュメンタリーのパートもあり、目が離せませんでした。
 2015年(平成27年)1月にザ・プレミアムの枠で放送が始まりました。
 同年8月に『京都人の密かな愉しみ 夏』、その後、不定期に続編が放送され、2017年5月放送の「桜散る」編で最終回でした。

 今年に入って、そのシーズン〈2〉、「京都人の密かな愉しみ Blue 修業中」が放送されました。
主役はガラッと変わり、一人前の職人になることを目指す若者5人の物語。
 京都の8月、五山の送り火の情景の中に、それぞれの夏の物語が描かれていました。
涙あり、笑いあり。ドキュメンタリーとドラマを行ったりきたりしながら、イチゲンさんでは知りえない京都の奥深い世界へ、誘(いざな)ってくれたのでした。
シーズン〈1〉の再放送も2月にありました。私にとっては、大好きな番組なので、放送日のチェックに余念がありません。

 さて、それでは、「秋田人の密かな愉しみ」とは、何でしょうか?

「秘密のケンミンSHOW」によると、秋田味噌ちゃんぽんが紹介されていましたが、そんなにポピュラーな食べ物になっていたのか!
これからの時期は、山菜なんかどうでしょう。他にも、最近は、地方再生ということで田舎の民家や町も注目を集めてきました。
 秋田なりの、または、皆様なりの「密かな愉しみ」があってもいいですよね。

 2018年の冬もいよいよ終わりを告げる頃となりました。
 なかなか外に出られずに隠(こも)っていた皆様も、どうぞ久々に歯石除去等のクリーニングにお越しください。一同お待ちしております。

神様にお祈りしましょ!

佐藤 暢也

[2018年2月15日]

 皆様、初詣はお済みでしょうか?年も明けて、おめでたいので、神様のお話をしましょう。
 七福神(しちふくじん)のことです。それは、福をもたらすとして日本で信仰されている七柱の神のことで、日本各地にあるようです。その中でも、日本最古の元祖は、京都にある都七福神。
わが家の娘の関係で、ここ数年、京都に行く機会があり、そこを巡ることができました。

 まずは、修学院の赤山禅院(せきざんぜんいん)へ。
ここは、福禄寿神。幸運の福、禄の給金と長寿を授ける神様。短身で長頭に長い髭が特徴的。
秋田では、日本酒の酒造元が有名?
 次に、松ヶ崎の大黒天。米俵の上に乗り、頭巾(ずきん)をかぶり、打ち出の小槌(こづち)を持ち、大きな袋を肩に担ぐ姿。財と幸せを恵む神。
 そこから、革堂(こうどう)の寿老神へ。その名の通り長寿と福徳を授けてくれる。
さらに、ゑびす神社のゑびす神。何と言っても「商売繁盛」ですなあ。元々は漁業豊漁の神。笑顔の素敵な「えべっさん」でした。

 ここで、近くのお店で、御朱印の色紙を飾る額を購入。サイズが特殊なため、ここで手配するのが通とのこと。ついでに、七福神同舟の宝船の絵を買って、1月2日に枕の下に入れて就眠。今年は、ドカーンといいことあるぞ!…かな。
 その後は、六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)の弁財天。こちらは、女神様ですよ。音楽・弁舌・財福・知恵の徳がある。キレイ。
 西に大きく移動して、五重塔で有名な東寺の中の毘沙門天へ。四天王の一神で、北方の世界を守護。また財宝富貴をも授ける。怒っているのでこわい。
 最後に、南東に下がって、黄檗山萬福寺(おうばくざんまんぷくじ)の布袋尊。大きな袋を背負った太鼓腹の僧侶のお姿よ。千客万来・家運隆盛・家庭円満・商売繁盛のご利益(りやく)がある。
個人的には、何が欲しいかと聞かれると、大黒様の「打ち出の小槌」ですかね。何でも手に入りそうだから(^0^)
 七福神7カ所を7度巡ると大願成就となるそうです。
そこで、はたと考えた。今からでも、100歳までは、7回できるかも知れない。そうすると、旅ができる身体で100歳になったことが、たいそう長寿でめでたいことだから、それで大願成就でおしまい。

 本年、少し遅くなりましたが、皆様に幸多きことを祈念いたします。
 これからも良いことがいっぱいありますように!



※写真は足で回って手に入れた七福神の完全制覇ご朱印!ほんまもんです。

迎春2018年

佐藤 暢也

[2018年1月15日]

 新春、明けましておめでとうございます。
いよいよ2018年(平成30年)が幕を明けました。
 年初にあたり、皆様の診療に対する港町歯科クリニックのスローガンについてお知らせいたします。
 スローガンというのは、私たちの理念を標語にしたもので、日本では、「キャッチコピー」という言い方もするようです。
それは、クリニック内のポスターにも、ホームページにも書かれている言葉、であります。
 ところが、歯科医院専門のコンサルタントの先生から、これだけだとわかりにくい、どういう思いを綴ったものか、そのストーリーを皆様にお伝えしたらいいのではないか、というアドバイスがありました。
 本邦初公開の、そのストーリーは、こちら…。しんみりとしたミュージックを想い浮かべながら、ゆっくりとお読みください。

あなたの歯のことを、あなたより考えている人がいる。

あなたが幼児の頃は、
お母さん。
毎日、ひざの上で
歯を磨いてくれた。

あなたが小学生の頃、
その人は、おじいちゃん、
おばあちゃん。
あなたのキレイな歯が
自慢だった。

あなたが部活動で
がんばっていた中学高校時代、その人は、お父さん。
「お前は歯が丈夫だから、いい結果が出る」
と言って励ましてくれた。

そして、「この子の歯並びは、これで良いのだろうか」
と心配しているその人は、
いつしか、親となった
あなただった。

そんな大切な家族に負けないくらい、
あなたの歯のことを、
あなたより考えている人が、
ここにいます。

すべては、かけがいのない
あなたの健康を守るために!

港町歯科クリニック
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 さて、港町歯科クリニックでは、寒気にふるえる冬季に、お口のクリーニング(歯石の除去など)のために、ご来院する皆様を支援するサービスを行っております。
 雪でたいへんですが、お足元に気をつけてお越しください。 
 本年も、皆様がご健康でハッピーでありますことを、心より祈念いたします。
よいことがたくさんありますように!